善光寺について

ごあいさつ

皆様、ようこそ善光寺のホームページをお訪ねいただきまして有難うございます。

善光寺という名前のお寺は全国にたくさんありますが、私どものお寺は、千葉県松戸市五香にあります。明治24年(1891年)、当時開墾地であったこの地で、入植者の心の拠り所として、山﨑弁栄上人によって開かれました。草創以来、仏教の教え、お念仏の教えをお伝えし、人々の祈り、学び、安らぎの場として親しまれてきました。お寺は、亡くなった方の供養の場としてだけでなく、今現に懸命に生き抜かれている人々の心の支えとなることが大切であると思います。明るく、楽しく、和やかにをモットーに、これからも心のオアシス善光寺でありつづけたいと願っております。 
現在、善光寺は浄土宗開宗850年慶讃事業として伽藍整備事業「善光寺令和の大改修」が行われております。

   住職 山﨑 智証

善光寺という名前の由来

当山をお訪ねになる方によくいただくのが、「長野の善光寺とは関係がありますか?」というご質問です。

「善光寺(ぜんこうじ)」という名の由来は、いまからおよそ1,400年も昔、仏教が日本に広まりはじめた飛鳥時代にまでさかのぼります。

信濃国(現在の長野)国司の従者として都に上った本田善光(ほんだ よしみつ)という人が、難波(現在の大阪)にて一体の仏さまを見つけ、
故郷へ大切にお連れし、深く信仰しました。

その仏さまこそ、仏教伝来の折、百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像「一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)」といわれています。

やがて現在の長野善光寺の地にお寺が建ち、この仏さまをおまつりすると、本田善光の名をとって、「善光寺」と呼ばれるようになりました。
その後、この阿弥陀如来をまつる「善光寺信仰」が全国に広まり、同じ「善光寺」の名をもつお寺が日本各地に建てられました。
当山もそのひとつであり、長野善光寺と同じ一光三尊阿弥陀如来を、ご本尊としておまつりしています。

ご本尊について

当山のご本尊は、一光三尊阿弥陀如来。ひとつの舟形の光背の中に、中央に阿弥陀如来、観音菩薩(右)・勢至菩薩(左)を従えた「一光三尊」の様式を持つお像で、「善光寺如来」「善光寺式阿弥陀三尊像」とも呼ばれます。
通常は御厨子の中に安置されており、特別な御縁日を除いて、一般には公開しておりません。
かわりに、「前立本尊(まえだちほんぞん)」を常時おまつりしており、ご参拝の皆さまには、こちらにお参りいただいております。

山号について

当山の山号である「霊鷲山(りょうじゅせん)」は、実在するインドの山の名に由来しています。
お釈迦さまが数々の教えを説かれた聖地であり、仏法が人々に語りかけ続ける象徴のような場所です。
この山号には、「ここ五香六実の地からも、お釈迦さまの教えが広がり、地域の人々をはじめ、多くの
人々の心を潤してほしい」という願いが込められています。

霊鷲山(インド・ラージギル)
Photo by Shubh Singh, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

五香・六実

歌川広重
『富士三十六景 下総小金原』
(1858年・安政5年)

当山の所在地である松戸市五香(以前の地名は松戸市五香六実)の一帯は、もともと江戸時代には「小金牧(こがねまき)」と呼ばれ、将軍家の馬を放牧する広大な野原でした。人が住むことや農地としての利用は禁じられており、長らく手つかずの原野として残されていました。

明治に入り、政府はこの土地を開放し、旧士族や庶民などによる開墾が進められました。こうして形成されたのが、「初富」「二和」「三咲」「豊四季」「五香」「六実」などの集落で、地名は開拓の順番にちなんで名付けられたと伝えられています。

開山弁栄上人と善光寺の歴史

善光寺は、明治から大正にかけて活躍した浄土宗の高僧・山﨑弁栄(やまざき べんねい)上人によって創建された寺院です。

弁栄上人は安政6年(1859年)、現在の千葉県柏市鷲野谷にある念仏信仰の篤い家庭に生まれました。
幼少期より仏さまの存在に憧れ、21歳で出家。小金・東漸寺の大谷大康上人に師事し、修行に励みました。

明治15年、筑波山での断食・念仏修行において、阿弥陀仏の現前を体験する「三昧発得」の境地に達したのちは、その体験を基に全国で布教活動を行い、多くの人々の心に念仏の光を届けました。

山﨑弁栄上人
筑波山
弁栄上人が修行された立身石
三昧発得碑

善光寺の創建事業は、恩師・大谷大康上人の「この地(五香六実)に仏法を」という遺志を受け継いだことに始まります。
五香六実は、江戸時代末期から明治にかけて、本格的に開墾が進められた地域でした。そのような地に仏法を根づかせようと、
弁栄上人はまず説教所を設け、自ら移り住んで布教を始めました。

地域の方々の協力を得ながら、明治24年、大康上人の七回忌にあわせ、霊鷲山善光寺を建立。
ご本尊には善光寺式阿弥陀三尊像を迎え、人々がいつでも仏さまの光に出会える場所としました。
生活に困窮する人々に浄財を施すなど、弁栄上人の慈悲の実践もこの地に根づき、地域の信仰の中心となっていきました。

創建より130年あまり。善光寺は今もなお、弁栄上人の教えとともに、地域の人々の心の拠り所として、あたたかな信仰を育んでいます。